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お知らせ

伊那食品工業 塚越寛最高顧問 お別れの会に参列してきました

2026.09.06

追悼

伊那食品工業 塚越寛最高顧問 お別れの会に参列してきました

「かんてんぱぱ」ブランドで知られる伊那食品工業の最高顧問、塚越寛(つかこし・ひろし)様が6月29日に88歳でご逝去されました。9月4日、長野県伊那市の「かんてんぱぱガーデン」で開かれたお別れの会に参列してまいりました。

かんてんぱぱガーデン

「年輪経営」を貫いた、寒天業界の巨星

塚越寛様は1937年、長野県駒ヶ根市生まれ。17歳で肺結核のため高校を中退されましたが、21歳で伊那食品工業に社長代行として入社。当時、原料価格の変動に振り回され経営難だった同社を立て直し、寒天の安定供給体制を確立しました。

1983年に社長、2005年に会長、その後最高顧問を歴任。急成長を追わず、社員の幸せと会社の永続的な発展を目指す経営哲学「年輪経営」を掲げ、実践し続けました。この理念は業種を問わず多くの経営者に影響を与え、著書は海外でも翻訳されています。

寒天という地味な素材を扱いながら、医薬・バイオ・介護食など新市場を開拓し、「かんてんぱぱ」を世界的なブランドへと育て上げました。「社員の幸せ」を第一に置く経営方針は、理想論と言われかねない面もありますが、それを何十年も貫き通し、確かな実績を残してこられたことは、皆さまご存知の通りです。

トヨタ自動車 豊田章男会長も参列

お別れの会には、10年以上にわたり交流があったというトヨタ自動車の豊田章男会長も参列されました。塚越様が経営者としての師と仰いでいたことは度々メディアでも取り上げられており、両者の関係はよく知られています。豊田会長は「親父の一人でしょうね。人間の基本とか人生の基本とか、そういうことを一言で、またご自身の行動と態度で、私が学べる師というのは、なかなかいるようでいない」と、深い関わりを語られています。

豊田会長が「年輪経営」の考え方を経営の指針にしていたことは広く知られており、塚越様に関する書籍の帯にも「私の教科書と言った男」として紹介されています。

参考記事:SBC信越放送(Yahoo!ニュース)
両者の関係を伝える特集記事:東洋経済オンライン「年輪経営の師匠は”寒天の父” 章男社長が教えを請う理由」

お別れの会 献花の様子
野村陽子植物細密画館 追悼展の案内

「野村陽子植物細密画館」では、塚越様の八十八年の軌跡をたどる追悼展(9/4〜9/27、入場無料)も開催されています。

和音とかんてんぱぱ

和音は10年以上前から、かんてんぱぱ製品の北関東唯一の正規販売店として取り扱いをさせていただいております。「なぜここにかんてんぱぱが!?」と驚かれるお客様も多いのですが、それだけ懇意にしていただいてきました。

かんてんぱぱは2006年頃に全国的な大ブームとなり、知らない人がいないほどのブランドになりました。「寒天の日」(2月16日)が制定されたのもこの頃で、流行語にもなったほどです。

伊那食品工業は離職率の低さでも知られていますが、それを実感する出来事があります。この10年以上、和音を担当してくださった営業の方は何名も変わりましたが、誰一人として会社を辞めていません。今回のお別れの会では、昔担当してくださった営業さんとも久しぶりにお会いすることができ、とても嬉しく思いました(今でも歴代すべての営業さんと定期的に連絡を取り合うほど、懇意にしていただいています)。

そのブランドを一代で築き上げた塚越寛様に、和音の商いを支えていただいてきたことに、心から感謝申し上げます。とても偉大で、そして温かい方でした。教わったことを忘れず、塚越最高顧問の想いを繋いでいきたいと思います。謹んでご冥福をお祈りいたします。

初めて利用した、松本市のテスラスーパーチャージャー

栃木からかんてんぱぱガーデンまでは、正直なところなかなかの距離で、遠いなというのが率直な感想です(笑)。ですが、テスラだと道中も快適そのもの。すいすいと走ってくれるので、長距離移動の負担をあまり感じませんでした。

伊那市への道中、松本市のテスラスーパーチャージャーを初めて利用しました。夜の充電スポットの様子です。

松本市のテスラスーパーチャージャー

教わったことを忘れず、塚越最高顧問の想いを繋いでいきたいと思います。

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GIFT SELECT SHOP 和音
栃木県宇都宮市徳次郎町7-3(東北道 宇都宮IC入口前)
TEL:028-665-2953


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